読む法話

光心寺 桃井 信之(帯広市)

「当たり前ではない」

 今年はオリンピックイヤーでしたね。8月の中旬までフランスのパリでオリンピックが開催され、その後パラリンピックも開催されました。今回は特に日本人選手がよく活躍したということで、その様子が連日大きく報道されていました。

 その選手の中に早田ひなという方がいらっしゃいましたね。卓球の女子で、個人では銅メダル、団体でも銀メダルを獲得したという、大変な活躍でした。この早田ひなさん、帰国後の記者会見の席上、「パリオリンピックが終わったところですけれども、今行きたいところとかはありますか」という記者の質問に答えて、「2か所あります。1つは福岡県にあるアンパンマンミュージアム。もう一か所は、鹿児島県にある知覧特攻平和会館というところです」とお答えになったそうです。この知覧特攻平和会館という答えに会場にいた多くの記者はざわついたと言います。

 その施設のある知覧という場所は、かつて第二次世界大戦の終わり頃、特攻隊の基地があったところです。そこに現在、特攻隊員の遺書や遺品を中心に展示している施設があり、それが知覧特攻平和会館です。

 なぜ早田さんはそのようなところに行きたいのか。早田さんは「私がこうして生きていることも卓球ができていることも“当たり前”ではないということを、そこへ行って感じたい。」そうお答えになったそうです。

 早田さんは現在21歳。かつて特攻隊員として、帰りの燃料も積まずに南方の空に飛び立ち散っていった若い兵士たちの年齢もだいたい同じぐらい、ということを考えたら、自分が今こうして当たり前のように生きていることも、当たり前のように卓球ができて、世界を舞台に活躍させていただいてることも、実は決して当たり前ではない、ということをそこで実感したい。そしてさらに自分の人生を一歩前へ、もう一歩前へと進めていきたい。そのような思いでいらっしゃるのだと思います。

 実は、「当たり前」という言葉と反対の意味の言葉が「ありがたい」という言葉です。

 ありがたいというのは漢字でいたら「有ることが難しい」と書くわけですから、このような状態・環境にあることは当たり前ではなく、難しいことなのに、実際にはそうあってくださってるではないか、とそのことに気がついた人が使う言葉だから、ありがたいは感謝の言葉になるのです。

 なにも早田さんに限ったことではありません。日常生活のあらゆることが実は「当たり前」ではなくて「有り難い」ことだと気づかされるのが、仏法の世界・お念仏の世界です。

 当たり前のことなんて実はないのではないか。そのように教えてくださるのが仏法です。

 静かにお念仏申しながら、「あなたを決して放っておかない」という阿弥陀様さまの願いを聞かせていただき、日ごろ当たり前だと思っていたことが実はまったく当たり前でなかった。有り難いことだったと気づかされる。

 日々一つ一つのことに、まなこ開かれていくことによって、より多くのことに感謝ができる私に少しずつ育まれていく。心豊かな生活ができるよう、お念仏の教えを大切にさせていただきたいと思います。